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緩くいこうぜ、人生長いんだ。

お前の人生ようやく始まったようなもんじゃん。

【感想】四畳半神話大系/森見登美彦

もう何度読んだか分からない私の大好きな小説。

ちょうど今、「夜は短し歩けよ乙女」のアニメ映画公開決定記念でアニメ版の再放送をしていますね。

やっぱりアニメも小説も面白いです。

 

あり得べき薔薇色のキャンパスライフを夢見ながらも何も変えることが出来ず、漫然と同じ日々を繰り返し、二年間の大学生活を無駄に過ごしてきたことを悔やむ「私」が、何をやっても何者にもなれない自分と向き合う物語。

 

個性的なキャラクター、言い回し、京都の街並みなど、沢山の魅力的な要素の中で私が何よりも好きなのが、作品に込められたメッセージ。

つまり、

今の自分以外何者にもなれない

ということです。

 

作中屈指の名言と言われている以下のセリフが、その全てを物語っています。

貴君、可能性という言葉を無限定に使ってはいけない。我々という存在を規定するのは、我々がもつ可能性ではなく、我々がもつ不可能性である。

 

過去にこうしていれば良かった、ああしていれば良かった。

これからこうなるかもしれない、こうなりたい。

あり得たはずの現在や、これからあり得るはずの未来を想像して、現在への不満のはけ口とする。

そういう行為は良くありますが、それは実際には無駄なこと。

結局の所、自分は自分でしかなく、自分に出来ることなんてたかが知れている。

自分がやってきたことが自分で、自分が出来ることがこれからの自分を作っていくだけなのです。

 

きっと、世のポジティブ人間達は「そんなことはない!夢を見れば誰でも何にでもなれる!」とか言うでしょうね。

それはそれで間違った考えではないと思います。

でも、今の自分を認めずに言うことと、今の自分を認めた上で言うことは違うと思うのです。

前者は夢追い、後者は挑戦です。

 

今ここにいる私こそが現在。

転々流転する私こそが現在。

そして、そうして生きてきて、そうやって生きていく今こここそが、現在。

まずはそれを認めようということです。

 

四畳半神話大系 (角川文庫)

四畳半神話大系 (角川文庫)

 

 

 

ライブで感じる身体の衰え

一昨日の沖縄公演を経て、自分の身体の衰えを痛切に感じております。

 

足と肩が筋肉痛で、なかなか辛いです。

 

今までも、ライブ後に筋肉痛になることはしょっちゅうだったのですが、その前提となるライブ中の運動量が全然違います。

 

 

昔(大学生の頃)は、全曲跳ぶし思いっきりサイリウムを振るしという感じで、全てのエネルギーをぶつけていました。

それでやっと筋肉痛になる位。

 

最近は、あまり跳ばないし曲によってはサイリウムを振らずに聴き入るし(地蔵)という感じで、明らかに運動量が減っています。

それでも筋肉痛になるということは、間違いなく身体が衰えているからでしょう。

 

年齢を重ねれば仕方がないと思いつつ、まだまだなのだから日頃の運動量が少ないのだと反省しております。

 

筋トレは細々続けていますが、それに加えて走るなりなんなりしなければなぁと思っております。

 

思うだけで終わらないようにしなければいけませんね。

【感想】NANA MIZUKI LIVE ZIPANGU 2017 沖縄 宜野湾海浜公園

土日を使ってどこに行っているかと言うと、なんと沖縄です。

 

しかも、旅行ではなく水樹奈々さんのライブツアーに参加するため。

 

もはや馬鹿としか言いようが無いです。

 

友人に「土日で沖縄行ってくる」と言ったら、「人生賭けてるねぇ」と言われました。

光栄です。

 

 

土曜日9時発の飛行機で沖縄へ。

お昼を食べたらライブ会場である宜野湾海浜公園へGo。

 

穏やかな天候にも恵まれ、涼しい海風を浴びながらのライブとなりました。

 

お奈々初の沖縄公演かつ、今回のツアー唯一の野外会場ということで、お奈々もバンドメンバーも我々も良い意味でテンションがいつもと少し違っていて、率直に楽しかったです。

 

 

いよいよツアーも残すところ来週のさいたまスーパーアリーナ2daysのみ。

 

もちろん両方参戦いたします。

 

 

週明けからの疲れが怖いけど、最後までかかってこーい!

 


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今週もどこかへ

先週の金曜日ケアンズから帰ってきたばかりですが、本日も飛行機に乗ります。

 

出張ではありません。

土日だけです。

 

さて、どこへ行くのでしょうか。


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仏教を学ぶ

最近、仏教に興味があって、入門本とかを読んでいます。

 

 

仏教って面白いです。

 

基本の考えである縁起や、それにより生まれる苦、無我、輪廻などは、信じる信じないかは別として、普段生きる上での考え方としてかなり使えると思います。(私はまだ知っているだけで使える段階ではないですが)

 

後、すごくシンプルです。

仏教の根幹を言った三宝印(四宝印)である、諸行無常諸法無我一切皆苦涅槃寂静は、本当に分かりやすくて、スッと入ってきます。(ここはまた機会があれば書きます)

 

一般に難しいと思われる仏教ですが、本を読む限り、その基本的な考え方はシンプルで分かりやすいです。(仏教は行学が基本なので、行を通じて体験しなければならないのですが)

 

 

仏教、あるいは宗教と聞くと、日本だとなんだか怪しい感じがして嫌煙されていますよね。

 

クリスマスはキリスト教、年始は神道、葬式は仏教と、色々な宗教に関わるくせに、その中身は信じてもいないし近づこうともしない。

 

オウム真理教とか、その他諸々の新興宗教による事件なんかがあるから、そういう先入観があるのだと思います。

後、神とか宇宙とか、そういう形而上学的な話をバカにする節があるのかもしれませんね。

 

なんにせよ、日本で「宗教に興味がある」とか言うと、「この人危ない人だ」と思われる可能性が高い訳です。

 

 

では、仏教が面白いなぁと思う私が危ないやつかと言うと、そうではないです。

 

私は別に仏教徒になりたい訳でもないし、それを信じて「世界の心理とはかくあり!」と言いたい訳でもない。

ただ、仏教の考え方がかなり自分にマッチしていて、興味を引き立てるだけです。

 

仕事仕事で一つの考え方の世界に染まりがちな日々の中で、全く別の思考に触れる機会というのはとても貴重で、面白くもあります。

 

そういう意味で、私は仏教を学んでいこうと思っているのです。

 

 

そんな訳で、たまーにこちらでも仏教について書いてみようかな、なんて思っています。

仕事の愚痴ばっかりじゃなくてね。

海底の言葉

心の海を覗き込んでみると、海底に様々な言葉が石油の様に沈殿していた。

 

受け取られなかった言葉。

上手く伝えられなかった言葉。

自ら捨てた言葉。

 

重なり、溶け、ドロドロになり、もはや言葉としての原型を留めていない。

 

 

行き場を失った彼らを、いつまでもそこに置いておく訳にはいかない。

やがてそれらは腐り、自らを蝕んでいくだろうから。

 

どこに持って行くのか。

どうやって持って行くのか。

そんなことは分からない。

 

だけれども、どうにか彼らを連れ出さなければならない。

 

静かに沈む彼らの姿が、あまりにも不憫だから。

ストレスの渦

お休みから帰ってきて、仕事に復帰してまだ二日。

もう既にストレスの渦に吸い込まれております。

 

流石に早くないかと自分でも思います。

 

仕事の人間関係は勿論なのでしょうが、些細なことでもストレスと思ってしまう私の性格も災いしているようです。

 

早くも仕事の夢を見て、夜中に何回も目覚める日々を過ごしております。

 

ストレス耐性とか言う前に、些細なことをストレスと思わない自信が必要なようです。

 

そんな訳で、まぁ今日もヌルっとやっていきます。