緩くいこうぜ、人生長いんだ。

お前の人生ようやく始まったようなもんじゃん。

私がそれを書かない理由

ネットには、必ずと言って良い程、「成功している人がしているたった一つの習慣」とか、「やりたいことを見つける為の七つのステップ」みたいな「○○する為の××の〜」みたいな記事がありますよね。

私は、そういう記事を読むのは好きですが、自分では書きたくないと思っています。

 

 

何故なら、書いたことが全ての人に当てはまるとは思わないから。

 

書いたことが全ての人に当てはまるとは限りません。

にも関わらず、そういった記事を書くと、さもこれだけやれば大丈夫!みたいな印象を与えます。

そのような誤解を、私は良しとしません。

例えば、「やりたいことを見つける習慣」なんかには、よく「お金も時間も自由にある場合にしたいことを考えよう。それがやりたいことだ。」なんてあります。

私の場合、答は「何もしないで気が向いた時に何かする。」で、そんなものでお金を貰えるとも思えません。

ならそれがやりたいことかと言われると、なんとも寂しくなります。

 

全ての人に当てはまる解なんて無い。

だから私は、自分の場合はこうだけどねというものは書きますが、それを方程式の様に書くことはしないのです。

これからも、そこは意識して書こうと思っています。 

何の為に仕事をするか

昨日、半期に一度の会社の部長面談がありました。

基本的には何気ない話とか今後どんな仕事したいかなんてことを話したのですが、一つ印象に残った事がありました。

 

それは、「何の為に仕事をするか」ということ。

字面だけ見るとなかなかヘビーな話に見えますが、その実は世間話から発展したもので、「普段どんな意識で仕事をするか」という程度のものです。

 

部長さんは、

「自分がどうとか、会社がどうとか色々考えがあるけど、プロジェクトに入ったらそんなものはどうでも良くて、一番に考えるべきはどうすればプロジェクトが良くなるかだと思うんだよね」

と言っていました。

きっとそれは社会人として、ビジネスマンとして素晴らしい考え方で、そうやって考えているから部長にまでなったのだと思います。

 

そんな話を聞きながら、やっぱり私はそうは思えないなと思いました。

極論言えば、プロジェクトとかどうでも良いんです。

それが失敗しようか成功しようがどうでも良くて、まず自分が日々心落ち着いて暮らせれば良いのです。

だからきっと、社会人として、ビジネスマンとしては失格なのだと思います。

 

だけれども一方で、そうやって部長さんの様に考えなければならないということも無いと思うのです。

もしかしたらそれは、私が今の仕事に対してやる気がないからかもしれませんし、そもそもの性格としてそうやって考えることが出来ないのかもしれません。

いずれにせよ、人には色々な考え方、在り方がありますから、何が正しくて何が間違っているということは無いと思うのです。

 

私はどうにも断定的で、何かが正しくて何かが間違っていると決めつけたがる質なので、そうやって人それぞれだと思えるようになったのは中々の進歩だです。

ただ一方で、今の考え方だと将来苦労しそうだなぁと漠然と思ったりもしています。

なんにせよかんにせよ、今日も仕事をするしかないのです。

新入社員らしさ

4月になって少し経ちました。

街中には新入社員が溢れています。

まだまだ仕事には慣れず、大学生に戻りたいとか思っている人も多いと思います。

 

早いもので、私ももう社会人4年目。

何か出来ることが増えたかと言われればそんな事はなく、相変わらず「自分仕事出来ないなー」と思う日々です。

自分の武器になるものの片鱗すら見えないのです。

困った。

 

さて、3年前の今頃、私は新入社員となった訳です。

新入社員には色々な事が求められますよね。元気に挨拶しろ、なんでも質問しろ、おかしな所があったら臆さずに意見を言え。

思えば私はそんな所謂「新入社員」とは真逆の存在で、元気はないし質問するのが怖いし、まずは手取り足取り教えてくれという感じでした。

そんな感じでいたせいか、配属後の飲み会で上司から、「なんかもっと、新入社員らしさがねぇ…」と言われました。

 

ハ!

知るかボケ!

あんたが勝手に抱いている幻想的理想的「新入社員らしさ」を勝手に押し付けてくんな!

世の中にはそうありたいと思ってもそうなれない人間だっているんだよ!

と思ったことを覚えています。

ていうか、今でも思っています。

 

このブログを読んでいる人の内新入社員が何人いるかは知りませんが(いないかもしれない)、周りの人が勝手に作った幻想や理想に無理に自分を合わせるくらいなら、少し浮いても自分でいる方が精神衛生上よろしいと思います。

とは言え、余りにも自己を主張し過ぎると今度は浮き過ぎてしまうので、バランスが大事です。

私はそのバランスが取れなかった人間で、この3年間は本当に色々な意味で不安定だったなぁと思います。

 

社会に飲み込まれるのではなく、自分と社会との良い関係を作る。

それが大人になるという事なのではないでしょうか。

自分自身への戒めも込めて。

機嫌が悪い

今日は機嫌が悪い。

 

電車待ちで話すおばちゃん達の声が耳障りだ。

他の人はなるべく自分の周りに近寄って欲しくない。

ていうか、立っているのも面倒臭い。

なんだか心がザワついて落ち着かない。

 

昨日の夜筋トレをして疲れているからかもしれない。

仕事が面倒臭いからかもしれない。

朝から乗りたかった電車に乗れなかったからかもしれない。

いずれにせよ、今日は機嫌が悪い。

 

なら機嫌を良くする努力をするべきだろうか。

きっとした方が良い。

だけどその努力をする為の機嫌が悪い。

さて、どうしたものか。

 

まずは機嫌が悪いことを受け入れよう。

「自分は今機嫌が悪いのだ」と認めよう。

そうすれば、ひょんなことから爆発する事を抑えていられるはずだ。

 

あーもう、上手くかけなくて機嫌が悪い。

桜坂

昨日は来週のTOAST MASTERSでのスピーチに向けて題材を考えるために外出。

頭を捻った結果、どうにか行けそうな題材が出てきました。

 

大まかに構成を考えて話す内容や順序を決めて、いざ細かい内容を決めようと思った所でお店を出て歩きながら考えることに。

歩きながら考えるというのが私の癖で、一人でひたすら歩きながらブツブツ呟いて考えをまとめていくんです。

今回も、構成に従ってひたすら内容を呟きながら歩くというなんとも不気味な姿になりました。

 

春真っ盛りということで、近所にある桜の名所「桜坂」へ。

ここはアニメ「CLANNAD」の聖地で、高校生の頃、本当に偶然見つけた場所です。

それ以来毎年気ままにやってきています。

今年も見事な桜のトンネルで、春真っ盛りだなぁと心が落ち着きました。

 

結局2時間で10km歩いていたらしく、今は足が痛いです…。

ようやく暖かくなってきたので、寒さから抜け出して新しい一歩を踏み出すのも良いのかもしれないと思ったりしました。
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【感想】仏教思想のゼロポイント:「悟り」とは何か

以前紹介した「だから仏教は面白い!」の前の作品。

mochiarion.hatenablog.com

 

本作をベースに「だから〜」を書かれたので、内容としては「だから〜」よりも固くて学術的。

しっかりとした文章ながら読みやすく、「だから〜」を読んでからだと良い復習になります。

 

 

いずれまたまとめようと思いますが、簡単にゴータマ・ブッダ仏教の概要をまとめます。

 

ゴータマ・ブッダ仏教では、世界は「縁起」により成り立っていると説かれています。

つまり、原因があるから結果があり、原因が変われば結果も変わるということです。

私達が認識する世界の全てのものが、この「縁起」によって成り立っているので、私達は原理的に満足するということがありません。

何故ならば、少しでも原因が異なれば結果が変わり、それにより何かしらの不足が発生するからです。

この、「常に満足されない状態」の事を、「苦」と言います。

 

「苦」を生み出しているのは、私達の欲望、「渇愛」です。

渇愛」は何から生み出されるかと言うと、前世から蓄積された「業」です。

「業」は、生の中で行われた「渇愛」が起因の行為により蓄積され、その生が尽きた時に、新しい生を生み出します。

そして、また新しい「渇愛」を生み出し、廻り続けるのです。

これも「縁起」ですね。

この、「蓄積された業により生が生み出され続けるプロセス」のことを「輪廻」と呼びます。

この、「輪廻」と「苦」に満ちた世界が、私達が生きる「世界」なのです。

 

仏教の究極の目的は、「苦」の元である「渇愛」を滅尽し、「業」を発生させないようにして、「輪廻」の流れ、「世界」から脱する事です。

これを実現出来た境地の事を「涅槃」と言い、あらゆる「苦」が無い極楽であると言うのです。

 

以上が、簡単な概要です。

間違いがあればすみません。

 

本書には、上記以上の事が詳しく、分かりやすく書かれています。

ご興味のある方は是非読んでみてください。 

仏教思想のゼロポイント: 「悟り」とは何か

仏教思想のゼロポイント: 「悟り」とは何か

 

 

スピーチの題材探し

今月から久々にTOAST MASTERSに復帰して、来週は約三ヶ月ぶりにスピーチをすることになっています。

なので、それに向けて原稿を準備したり練習したりしなければならないのですが、どうにも題材が決まらない…。

こんなことを喋りたいな、とは思うものの、いまいち「これだ!」というものに当たらないというか、確信が持てない。

 

例えば、「水樹奈々の素晴らしさ」について話そうかと思っても、「そもそも水樹奈々の良さを皆興味あるのか?」と思うし、「ドライブが私に与えた影響」なんてのも、「そんなに毎日ドライブしている訳じゃないしな…」と思ってしまう。

 

つまり、心配性、あるいは完璧主義過ぎるのだ。

自分の言うことはしっかり自分の考えや心に沿っているか。

あるいは、他人に説明出来るほどの知識や経験があるか。

多分、楽観的な人は「言いたければ言ってみよう!」となるのだが、私はそうはいかず、まず自分の中で納得して、理解して、確証を持てないと動けない。

だから物事に対するスピードが遅いし、挑戦出来る事も少ない。

 

ていう話題を話そうかと思ったけれども、果たしてそれが本当なのか分からないから、やっぱり話すことを躊躇ってしまう。

今週末には題材を見つけないとマズい…。

果たして無事に見つかるのだろうか…。