緩くいこうぜ、人生長いんだ。

世の中どうでも良いことばかりだよ

大分一人旅 二日目

一人旅二日目は、日本二百名山の一つである由布岳に登ってきた。朝7時に登頂開始、11時半頃に下山と、約4.5時間の道のりであった。

 

7時

由布岳正面登山口に到着。周りがガスっていたので天気が心配であったが、高原の景色に圧倒されながら登山開始。途中、徐々にガスが濃くなるも、それはそれで趣のある雰囲気であった。
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8時半

二つの峰の間にあたるマタエに到着。まずは西峰から登ることにするも、いきなりの鎖場。身の危険を感じるレベルの崖を進んだ。ここでまさかのボルダリングの経験が役に立った。人生何がいつ役に立つか分からないものである。
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9時

西峰に到着。そこからの景色はまさに圧巻。美しい雲海と、合間から見える草原、街並みが見事であった。
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9時半

一度マタエに戻り、今度は東峰に。標高的には東峰の方が高いらしい。景色は西峰と同じく素晴らしく、山の斜面を滑るように流れる雲海が美しかった。
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11時半

下りもいくつもの鎖場を乗り越え、途中鹿の親子と遭遇しながら無事に下山。改めて下から眺めると、随分と見事な山を登ったものである。
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13時

由布院で温泉に入ろうと思ったのだが、激混みなのと温泉が先の地震で営業を中止したりしていたので諦めて別府の明礬温泉へ。「明礬温泉 湯の里」というところで温泉に浸かり、温泉卵を食べた。どっと疲れが押し寄せた。
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16時

ユースホステルに戻り、昼寝。少しは元気が戻ってきたので、晩御飯と夜の温泉でまた回復させようと思う。

 

明日は九重連山の中岳に登る予定である。筋肉痛はなさそうだが、身体の疲労が心配である。本日もしっかり休んで明日に備えたい。

大分一人旅 初日

実は、来週一週間は夏休みを取っているので、昨日から火曜日まで、大分県は別府に一人旅に出ている。

JALのマイルを使う「どこかにマイル」というサービスを使い、当たったのが大分県だったのだ。

 どこかにマイル - JALマイレージバンク

「どこかにマイル」は、最近始まったJALのサービスで、四箇所の候補地の内どこかに割安のマイルで行ける。今回の大分は、徳島や北海道などの候補地から当たったもの。必要なマイルは往復6,000で、恐らく正規で必要なマイルの半分以下である。(復興の狙いがあるのか、候補地は九州が多かった)

格安で移動出来るのと、どこに行くか分からない楽しさが魅力的だと思う。

初日の昨日は、到着早々あいにくの豪雨で大変だった。別府の鉄輪に着いたものの、やることがない…。とりあえず温泉に入ったり昼寝したりするものの、ユースホステルのチェックインまで時間がある、午後になりようやく雨が止んだ、ということで海沿いをドライブしたりした。映画「ワイルド・スピード」のサントラに乗せて運転するのは危険である。ニトロを積んでいなくて良かった。

晩御飯は、大分名物とり天をいただいた。唐揚げとはまた少し違う味付けと、ふっくらとした鶏肉は素晴らしかった。

夕食後は、他の宿泊客と共にユースホステルのオーナーから温泉街の説明を聞きながら人気のひょうたん温泉へ。オーナーの温泉の説明は分かりやすくて勉強になった。特に、鉄輪地区は鎌倉時代一遍上人が温泉を整備した、という話は、仏教好きとしてはとても興味を持った。

ひょうたん温泉は、広々とした源泉100%のお湯は、身体の疲れを癒やすのには最適であった。

 別府温泉なら一日中楽しめるひょうたん温泉-スマホ版

本日は、日本二百名山の一つ由布岳に登ってくる。その後は別府八湯の一つ明礬温泉に向かい、またまったりする予定である。

少し天気が怪しいので、まずは明日、無事に登山が終わることを願う。

シャッフル

最近は音楽を聴く時、シャッフル再生にするのが好きだ。

基本的に私は、音楽を聴く時は好きな曲だけを聴いたり、アルバムを通して流したりすることが多い。それはそれで音楽の一つの楽しみ方なのだが、しばらくすると飽きてくる。そんな時、単一アーティストだけでも持っている音楽全てに対してでも良いが、シャッフル再生をすると、思いもよらぬ曲が選ばれて楽しい。それはつまり、音楽と、自身の感覚のその時にしかない出会い、一期一会である。だから、「お、この曲が来たか!」と思う時もあれば、「これは今の気分と違うんだよな」と思う時もある。そんな一期一会を楽しむことこそ、シャッフル再生の醍醐味であると思う。

これはラジオにも言える。ラジオは、番組の趣旨に沿ってパーソナリティが選んだ曲がランダムに流される。それらが自分の好みと合うかどうかなんて保証は全くないが、思いもよらず良い曲に出会えたりする。そしてそれは、大抵の場合それまで自分が興味を持たなかったようなジャンルだったり、アーティストだったりする。そして、そこから新しい曲との付き合いが始まっていくのだ。

さらに広げれば、これは人生の全てに当てはまるかもしれない。ずっと同じ人と付き合っていたり、同じ場所にいたりすれば、それはそれで楽しいのだが、考えが固まってきて飽きてしまう。そんな時こそ、初対面の人に会ったり、いつもと違う場所に出かけたりするのが良いと思う。新しい風を入れることで、気分が晴れたり、何か新しい発見があるかもしれないのだ。

一期一会とは、つまりは無常である。この世界に常なるものはなく、全ては転々流転しているのである。ともすれば私達は、忙しい日々の中でその世界の真理を忘れてしまいがちであるが、意外と身近な存在が、それを思い出させてくれるのだ。

戯言社会観

よく、人間は社会の歯車であるという。一人一人が役割を持ち、交換可能な歯車として社会という大きな機械(機構)を動かしているというものだ。そんなことを言うと、「俺は歯車になんかなりたくない!」と社会の枠組みから飛び出そうとする若者が出てくる。昔の私もそうであった。

今朝、ふとそのことについて思うと、どうにもこの「社会の歯車」という表現に違和感を感じた。交換可能な部品で出来ていて、部品を交換することで動き続ける機械というものが、社会というものの喩えに合わない気がするのだ。何故ならば、社会は常に変わっているからだ。数年前に無かったものが突如として出てきたり、なくなったりしている。それを構成する部品も、良いものがあれば悪いものもある。全ての部品が機械を構成するための役に立っているかと言われればそうではなく、それが難しいいびつな形のものもいる。それらを「不良品」として爪弾きにするのは、どうにも心苦しい。社会というものは、もっと有機的なものではないかと思うのだ。

ならば、社会の喩えとして相応しいものは何だろうか。私は、「人間」であると思う。そして我々は、その目には見えない人間を形成する細胞なのだ。

人間なのだから、当然変化していく。体中の細胞が入れ替わったって、その人間が人間であることには変わりない。そしてそれらを構成する細胞は、古いものから無くなっていく。新しく生まれた細胞は生き生きとしている。一方で、上手く機能しなかったり、逆に悪さをする細胞だっている。しかし、それでもその人間の細胞であることには変わりないのだ。全ての細胞が関与しあい、人間の身体は成り立っている。

そうやって思えば、社会から飛び出そうとする若者は、生きのいい若い細胞みたいなもので、結局はそうやってイキる細胞も、また社会を形成しているのだと思う。昔の私が恥ずかしい。

さて、人間の身体は老化する。新しい細胞の生成が出来なくなり、いずれその機能を停止する。それが諸行無常である。人間がそうであれば、それにより構成される社会というものもそうなのかもしれない。いずれ社会も老化のために死ぬのかもしれない。日本の少子高齢化はどんどん進んでいる。まさに代謝が衰えている状態である。この流れは多くの先進国で起きているらしい。さて、日本は、あるいはこの社会は、いずれ静かに息を引き取るのだろうか。そして社会が死んだその先は、一体何があるのだろうか。

【読書記録】LIFE SHIFT

少し前に話題になった本を読んでみた。久々の社会系の本である。

LIFE SHIFT(ライフ・シフト)

LIFE SHIFT(ライフ・シフト)

 

 本書で描かれているのは未来の話。人間の寿命が延び、元気でいられることの出来る期間が長くなった世界の話。今まさに始まっていて、これから確かに来るであろう未来の話。

人間の寿命は延び続けている。筆者曰く、2000年代に生まれた人達のおよそ半数は、100歳を超えて生きる事が見込まれるそうだ。そのような社会では、これまでの生き方の常識、つまり「勉強→労働→引退」という3ステップのライフステージ、は適切ではないと言う。

長く生きるということは、より沢山のお金が必要になるということである。これまでの常識で考えれば、お金を稼ぐためには働くしかない。つまり、「労働」のステージが長くなっていく。しかしながら、そんな世界は誰も求めていない。

代わりに何が起こるかというと、ステージの細分化である。「労働」の中に再度「勉強」のステージが入ったり、「起業」や「充電期間」などの新しいステージが生まれてくる。つまり、人々の生き方はより柔軟に、多様になっていくということである。

柔軟な生き方に必要なのは「資産」である。お金や不動産などの有形の資産だけでなく、人間関係や健康、知識や経験、新しい知識を吸収する能力など、様々なものが資産として必要になる。総合的な「その人自身」が大事になるということである。

今を生きる私達に必要なのは、今ある仕組みがずっと続くと考え、それをこなすための生き方ではなく、来たるべき時代に対応するための行動である。つまり、自身の目指す人生を描き、それに向けて行動することなのである。そんなことを示唆する本である。

 

こういう未来系の本は、何かを勉強するというより考えるきっかけとする方が大事である。何故ならば、どれだけ良いことが書かれていようが、未来は誰にも分からないからである。

私は、この本を読んで納得をした。確かに今世界は変わりつつある。働き方改革にせよ女性の社会進出にせよ若者の趣味志向の変化にせよ、良い悪い、上手くいってるいってないは別として、確かに世界は変わっている。

私のかかりつけのカウンセラーがこんな事を言っていた。、「あなたの世代はバブルを生きた親世代から『○○をしろ、××をするな』と言われてその通りにして生きてきた人が多いから、アイデンティティが希薄な人が多いと感じる。まずは自分とは何か、どう生きたいのかを整理して、持つ必要がある」と言っていた。その通りと思う。

世界は確かに変わっている。これまでの常識が通用しない世界になっている。そんな世界の中で、私はこれから恐らく7, 80年生きなくてはならない。ずっと会社員なんてまっぴらごめんである。なるべく早く自由人になるべく何か行動を起こさなければならない。その為に何をするべきかはまだ分かっていないが、少しでも行動を起こしてみようと思う。

まずは、帰りの電車で無駄にYouTubeを観るのを止めよう。小さな一歩から、何かは変わりだすのである。

二つ目

いきなりだが、二つ目のブログを持つことにした。

私のトレーニング記録

こちらは筋トレやその他トレーニングに特化したもので、日々のトレーニング記録をする為のものである。

元々はこちらのブログに筋トレについて書いてはいたが、別の雑記などと混ざってしまい統一感が無いので別出しをしようと思った。これまでの筋トレ系の記事も新しい方に移行予定である。

新しい方は、日々トレーニングをしたその記録を書くだけの簡素なものとする予定である。こちらのブログは止めるつもりはなく、思いついたままに、雑記を書き連ねていく。

これからは両ブログ共々どうぞよろしく。

軸足

思えば、私は軸足が無いように思う。つまり、私というものを強く規定する何かが存在しないのだ。

私が読者になっている方々のブログを見ると、ある人はアートについて、またある人は、カウンセリングについて書いていて、全ての記事がそのテーマに繋がっている。ある一つのテーマに沿って、その視点から物事を見て書いた記事は、独特の深い洞察があり、ある時は鋭く、ある時は新しく、読んでいて惹き込まれる。

翻って私はと言うと、書くことはかなりバラバラである。ある時は筋トレであり、仏教であり、雑記だったりする(プログラミングは完全に沈黙した)。それらの記事は、ある一つの視点から見ている訳ではない。ただ思いついたままに、ありあわせの知識で書いているだけである。その為、一つ一つの記事が浅く、薄い。洞察といったものは無く、ただ表面を流れていくだけのものである。

これはブログの記事のみならず、私という人間そのものにも言える。私という人間を問われた時、私は上手く答えることが出来ない。「私は25歳の会社員で、神奈川県に住んでいて…」という事実を答える事は出来る。しかし、好きな事や大事にしていること、英語で言えば「What is your passion?」という質問に答える事が出来ないのだ。それだけ強いものが私の中に無いからである。

それは、私の過去と関係しているように思う。これまでの人生、小さい頃から親の機嫌を伺って生きてきた。中学受験から就活までも、極端に言えば親の言うことを聞いてきた。私の中に「私」というものが無く、外部からの評価や指示に依存してきたのである。だから、「あなたは何?」と問われた時に客観的な事実は答えられたとしても、主観的な想いが答えられないのである。

きっと私は、ようやくこの年になって自分というものを見つけ、作り出そうとしているらしい。なんとか自分が好きだと言えるような、熱中出来るような何かを探そうとしているらしい。その作業は中々難しい。色々な事に挑戦するのはエネルギーがいる。お金も時間もかかる。だがしかし、それらを通じてこそ、きっと私は私を本当の意味で規定出来るようになると思うのだ。

いつか私が「あなたは何?」という問に答えられるようになる日まで、私はそれを探し続けるのだろう。