緩くいこうぜ、人生長いんだ。

お前の人生ようやく始まったようなもんじゃん。

「趣味」という言葉

「趣味」という言葉があまり好きではない。

どこまでを趣味と呼ぶのかが分からないからだ。

なので、「趣味は何ですか?」と聞かれると答に窮する。

 

趣味とは、「専門としてでなく、楽しみとして愛好する事柄」という意味だそうだ。

つまり、趣味とは「その人が楽しいと感じられるもの」という意味でしかない。

それでいえば寝ることだって、お風呂に入ることだって、セックスだって趣味と呼べる。

楽しければなんでも良い。

 

だが、どうにも世間的には、趣味とは「その人が継続して熱中しているがために、他の人よりもレベルが高いもの」というイメージが付随しているように感じられる。

本来の意味と真逆の、専門性の分野を意味している。

 

例えば、「趣味は読書です。」なんていうと、「どんな本が好きなの?」「最近面白かった本は?」と聞かれる。

その裏には、「趣味が読書ということは、本について詳しくて、沢山本を読んでいるのだろう。」という勝手な期待があるのだろう。

他にも、「趣味はサイクリングです。」というとロードバイクで長距離を走るイメージが先行されるし、「趣味はベースです。」と言えばすごく上手いんだろうと期待をされる。

 

もちろん、好きでいて得意だったり、他の人よりも秀でているものはある。

だが、やっていて楽しいことが必ずしも得意だとは限らない。

にも関わらず、勝手な期待をされると、上手く出来るものでないと趣味と呼ぶことが出来ないと感じてしまい、ついには何も言えなくなってしまう。

 

自分の中で「趣味なのか?」なんて考えだしてしまうと、純粋に楽しむことが出来なくなってしまう。

「趣味」という言葉が意味を固定することで、行動、感情を固定してしまうのだ。

 

 

だから、これからは是非「趣味は何ですか?」ではなく、「好きな事は何ですか?」とか「休日は何をするのが好きですか?」という質問が使われるようになってほしい。

例えば英語では、"What is your hobby?"と聞く代わりに、"What do you like to do in your spare time?" とか "What is your favorite thing to do?"と聞くことが出来る。

「趣味」という言葉に縛られないで相手に質問することが出来るのだ。

 

枠を作ることは、自由さを制限し、処理を簡単にする。

しかし、枠が固定化しすぎると、逆に自由度が奪われ過ぎ、不自由を感じてしまう。

硬すぎる枠は、緩めればいい。

そうすれば、新しい可能性が見えてくる。

「趣味」という言葉の枠を少し緩めれば、楽しめることがもっと増えるのではないだろうか?