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緩くいこうぜ、人生長いんだ。

お前の人生ようやく始まったようなもんじゃん。

彼女がカレーを食べ終えるまで

「私、食べるの遅いから」

と彼女は言った。

 

インドカレー屋の四人席で友人達の笑い声に包まれながらそう告白した彼女を、私はオーダーしたカレー定食を食べながら一人眺めた。

 

友人とご飯を食べるにあたり、食べる速度というものはなかなか重要だ。

早すぎれば他の人を急かしているように見え、遅すぎれば待たせる事になる。

事前情報もなく食べ終えるタイミングに差が生じると、互いに気を遣いあい、なんとも言えない気不味さが漂う。

私は意外と食べるのが遅いので、周りに「待たせて悪いね」と言いながら、あるいは思いながら食事をすることが多い。

そのような気不味さを回避するために先に断りを入れたのだとしたら、彼女は周囲への気遣いが出来る子ということになる。

 

お待たせしました、と店員が彼女のカレーを持ってきた。

「わー!美味しそー!」

目の前に置かれたカレーに、思わず笑みが溢れた彼女は、身につけた真っ白なニットのセーターと同じように輝き、幸せの真っ只中にいるようだった。

緩く巻き上げたショートボブを揺らしながら、彼女は何度も「美味しそうだね!」と友人に話しかけていた。

そして、改めて自らの食べる速度が遅いことを断り、これで食べ終えるタイミングは全員同じになるねと喜んだ。

 

さて、いよいよ待ちに待ったカレーを口に運び、見た目ではなく味の感想を言おうかというところで、彼女はおもむろにカバンからスマートフォンを取り出し、写真を撮り始めた。

「はーい、こっち見てー!」

自らのカレーの写真を二三枚撮った後は、友人と共にカレーをバックに自撮り。

そして、恐らくその写真をFacebookかLINEにアップしているのだろう、スマートフォンを両手で持ち、何やら熱心に弄り始めた。

画面を見つめる彼女は、どこか真剣な眼差しだった。

 

彼女が目の前の現実から小さな画面の中の仮想空間に没入している間に、店員が友人達のカレーも持ってきた。

友人達は美味しそうと言うことはあれど、写真を撮ることもSNSを弄ることもなくカレーを食べ始めた。

そして、改めて「美味しい!」と味の感想を言った。

 

ようやく彼女が自らのカレーを口に運んだのは、友人達が二口も三口もカレーを味わってからだった。

彼女は何事もなかったかのように、友人達に「これめっちゃ美味しい!」と話しかけながらカレーを食べ始めた。

 

そこで私はカレーを食べ終え、席を立ち、会計をした。

店を出る前に彼女達の席を振り返ると、相変わらず彼女は友人達に話しかけながらカレーを食べていた。

友人達のナンは四分の一程減っているにも関わらず、彼女のナンはまだほとんど減っていなかった。

 

私は前を向き、店のドアを開けた。

彼女が美味しいカレーを食べて幸せでいるのならばそれで良い。

彼女の真っ白なセーターにカレーのシミがつかない事と、彼女達の間に微妙な気不味さが流れないことを願いながら、私は店を後にした。