緩くいこうぜ、人生長いんだ。

お前の人生ようやく始まったようなもんじゃん。

これが嫉妬というものか

昨日Facebookにて、就活時代に元々入ろうとしていた会社が継続的に成長していて、新しいメンバーを求めているという記事を見ました。

私が入ろうとした時はまだ30人位の小さな会社だったのが、いつの間にか100人以上の大所帯になり、マザーズに上場もして、さらに拡大を続けている。

とても喜ばしいことです。

 

高校時代の友人達がそれぞれ自らの道を進み、活躍していることも知りました。

プロスポーツ選手になっていたり、海外の大学に進んだり、事業を立ち上げたり。

活躍する彼らを見ることは嬉しくて、応援したくなりました。

 

同時に、その全てに対して羨みました。

就活の時に父親に反対されなければ、今頃どうなっていただろうか。

高校生の頃から色々な事に挑戦して自分の可能性を広げていればどうなっていただろうか。

もしかしたら、今よりも活き活きとしていて、夢や希望に満ち溢れていたのかもしれない。

 

 

でも、じゃあ本当にそうしていたら今よりも良い状態になっていたのかなんて分からなくて、もしかしたらもっと酷いことになっていたかもしれない。

今には今の良さがある訳で、起こってもいない仮定の話と比較することなんて出来ないのに。

 

結局、人にとっての現実は今目の前にある現実でしか無くて、それ以外を夢想することは何の意味もないことなのです。

だから、無駄な事に労力を使う位なら、目の前の仕事をきちんと出来るようにした方がよっぽど有益なのです。

 

そんな事を頭では分かっていながらも、それでも私は、道を潰した父親を心のどこかで恨みながら、高校時代から無気力だった自分を悔やみながら、あり得たかもしれない現在を羨むことを止められないのです。

 

 

そうして私はふと気付くのです。

 

これが嫉妬というものか、と。