読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

緩くいこうぜ、人生長いんだ。

お前の人生ようやく始まったようなもんじゃん。

死にたいと思うこと

最近、死にたいと思うことが減った事に気付いた。

 

きっかけはAmazarashiさんの「穴を掘っている」という曲のPVを観たから。

www.youtube.com

 

自殺の名所として有名な富士の樹海に数十のプリンタを設置し、Twitterという仮想世界の中で叫ばれる「死にたい」という言葉を含むツイートを独自のアルゴリズムで文字列分解したものを印刷し続けるという生と死を表現したPV。

最後の方はこちらが辛くなるくらい痛々しいツイートが沢山出てくる。

 

 

思い返すと、私も去年辺りまではTwitterに「死にたい。死にたい。」ばかり呟いていたように思います。

フォローしあっている友達も沢山いるのに、なんとも申し訳ないことをしました。

ですが、最近はそうやって呟くこともないですし、そもそも死にたいと思うこともほとんどないです。

 

 

そもそも、「死にたい」と言うのは本当に死にたいからじゃないんです。

生きたいからなんです。

 

生きたいけれども、上手く生きられずに苦しみが重なっていく。

苦しみから解放されたいけれども、どうにも出来ない。

衝突する生への渇望と苦しみの連鎖。

その苦しみから抜け出すには、死ぬことでそもそもの苦しみをなくすしかない。

そんな時に出てくる言葉が、「死にたい」なのです。

だから、「死にたい」という言葉の裏には、猛烈な生への執着があるんです。

 

 

翻って私を見てみると、死にたいと思うことが減ったということはそのような苦しみが減ったということです。

順風満帆という訳では無いし、嫌なことも沢山あるけれども、死にたいと思うほど苦しくはなく、何とか前に進む余力があるということです。

きっとそれは、私にとっても、周りにとっても良いことなのだと思います。

 

 

PVの最後では、印刷された紙によって、ある言葉が浮かび上がります。

その言葉の意味がどのような意味を持っているのかはAmazarashiさんに聞かなければわからないと思いますが、私がいまここにいられるのは、その言葉のおかげなんだろうなと思います。