緩くいこうぜ、人生長いんだ。

お前の人生ようやく始まったようなもんじゃん。

【仏教まとめ2】縁起と無常

前回は仏教の成り立ちについてお話ししました。

mochiarion.hatenablog.com

 

その最後で、以下の疑問が発生しました。
「なぜブッダは自らの教えを広めようとはしなかったのでしょうか?」

それは、ブッダが自らの教えは常人には理解することが出来ないからだと思ったらでした。

今回から何回にかけて、そんなブッダの教えのエッセンスを頑張ってまとめてみようと思います。

 

今回は、その教えを理解するために必要な仏教の大事なキーワード、縁起無常についてまとめます。

 

 

縁起とは、世界中のあらゆるものは原因と結果で成り立ち、関係性の中で存在しているという考え方です。

例えば、あなたがこの記事を読んでいる今、あなたはあなた自身としてこの記事を自らの意志で読んでいることでしょう。

しかし、あなたがこの記事を読めるのは私がこの記事を書いたからであって、私が書いて、公開して、あなたがたどり着いたからこそ記事を読めているのです。

さらに遡れば、私がこの記事を書いているのは仏教に興味があって学んだからで、それは休職したからで、それは今の会社に入ったからで…という風に、過去に遡れば必ず事象の前には原因が存在するのです。

このように、原因があるから結果があるという連鎖により、あらゆるものは関係性の中に存在しているという考え方が、縁起の考え方です。

 

次に無常とは、この世界のあらゆるものは常に変化し、変わらないものは存在しないという考え方です。

読んで字のごとく、「常なるは無し」です。

この考え方は上述した縁起から発生します。

世界のあらゆるものは原因と結果から成り立っているということは、あらゆるものは常に変化するのです。

例えば、上述の記事の例で言えば、この記事は私が書いたもので、私が書いた情報がサーバー登録されているから記事を読めるという結果になっています。

しかし、例えば何か災害が起きてサーバーがぶっ壊れたり、はてなが倒産してサービスが停止すれば、サーバーも停止するので、記事を読むことが出来なくなります。

そうすれば、私はもう記事を書くことは出来ませんし、今読んでくれている方も記事を読むことが出来なくなるのです。

このように、あらゆるものが関係性の中で存在しているが故に何か一つに変化が起きるとそれが様々な部分に影響を及ぼし、不変なるものは無いとする考え方が無常なのです。

 

以上が、仏教における大事なキーワード縁起と無常の説明です。

ここまではなんだか当たり前のことのように思いますね。

では、この縁起と無常であることが何か問題があるのでしょうか?

次回はその点をまとめようと思います。

 

ポイントをまとめると以下です。

  1. 縁起とは、あらゆる物事が原因と結果、関係性の中に存在しているという考え方。
  2. あらゆるものが縁起の中に存在するが故に常なるものは無い、とする考えが無常。

 

 

 

※あくまで個人が勉強した結果を個人のアウトプットとしてまとめているものです。

可能な限り書籍を参照して情報を集めていますが、間違っているポイントなどあると思います。

そのような点がありましたら、ご指摘いただけますと幸いです。