緩くいこうぜ、人生長いんだ。

お前の人生ようやく始まったようなもんじゃん。

【仏教まとめ3】苦と四諦

前回は、仏教の大事なキーワードである縁起と無常についてまとめました。

mochiarion.hatenablog.com

 

では、上記の二つがキーワードとして、それで何か問題があるのでしょうか?

縁起である無常であるこの世界に何か問題があるというのでしょうか?

今回は、上記の問いから仏教の教えをまとめます。

 

 

突然ですが、人間を突き動かすものは何でしょうか?

それは、欲望です。

現状に満足しないで、ああしたい、こうしたいという欲望、不満足性が人間を突き動かす原動力となっています。

これは、マズローの五段欲求説にもある通りで、無意識から意識下まで、人間には様々な欲望があります。

仏教では、この欲望を渇愛と呼びます。

 

欲望、もとい渇愛は人間の行動原理であり、人間はそれを満たすために様々な行動をしたり発明をしたりしてきました。

その結果文明が発展し、今の便利な世の中があるので、一概に悪いものとは言えません。

しかし、ここで縁起、無常の考え方を導入するとある問題が浮かび上がります。

それは、人間は原理的に満足する事がないという事です。

 

人間は、何かに対する不満足性を欲望として認識し、それをなくすために行動して満足を手に入れます。

しかし、そこで手に入れた満足縁起の法則に則っているので、状況が変われば満足が失われ、また新しい不満足が発生します。

つまり、不満足→行動→満足→状況の変化→不満足→…というループを続けることになるのです。

ですので、原理的に人間は満足することはないのです。

例えるならば、人参をぶら下げて回り続ける馬です。

究極の満足を求めて努力をし、仮にそれを手に入れても、結局不満足に変わってしまうので、いつまでも満足を追い続けることになる。

永遠に満たされない不満足のループ。

そんな中に人は閉じ込められているのです。

ブッダは、このループのことをと呼びました。

そして、多くの人が囚われている苦に満ちた世界を、世間と名付けました。

 

仏教用語四苦というものがあります。(四苦八苦の語源です)

これは、生、老、病、死の四つのことで、人間が生きる上で避けられない苦しみを表しています。

ここにあるように、つまり生きていること自体が苦であるブッダは言ったのです。

 

 

ところで、何故苦は発生するのでしょう?

それは、人の中に渇愛があるからです。

しかし、この渇愛自体、縁起の法則に則っているので、その根本には原因があります。

だから、渇愛といえども、原因を潰す事が出来れば、渇愛をなくし、それにより生じる苦から逃れることが出来るのです。

この渇愛を滅し、苦に満ちた世界から抜け出た状態こそが、仏教悟りであり、その悟りを目指すことが仏教の目的なのです。

(ちなみに、悟った後の世界のことを世間に対して出世間と言います)

 

この仏教の教えを端的に表したものが四諦です。

苦諦

   世界は苦で満ちている

集諦

      苦の原因は渇愛である

滅諦

    渇愛は滅することが出来る

道諦

    正しい行い(八正道)をすることで、渇愛を滅尽する

 

これが、ブッダが説いた仏教の教えです。

 

ポイントは以下です。

  1. 人間は渇愛により動いている。
  2. 渇愛があるが故に人間は満足することがない苦の世界に生きている。
  3. 仏教の教えとは、苦の原因である渇愛を滅する方法を習得し、そのループから抜け出る(悟る)ことである。

 

さて、では、渇愛の原因とは何なのでしょうか?

それは、インドで今でも馴染んでいる輪廻の考え方を知る必要があります。

ということで、次回は輪廻についてまとめます。

 

 

※あくまで個人が勉強した結果を個人のアウトプットとしてまとめているものです。

可能な限り書籍を参照して情報を集めていますが、間違っているポイントなどあると思います。

そのような点がありましたら、ご指摘いただけますと幸いです。