緩くいこうぜ、人生長いんだ。

世の中どうでも良いことばかりだよ

どうでもいい

本日もまた茹だるような暑さで嫌になる。朝から通勤が嫌になればそれに伴って仕事も嫌になるというもの。いままでもこれからも、そうやって嫌だなぁと思いながら仕事をするのかもしれない。だがしかし、最近の私はそこまで仕事が嫌だなぁとは思っていない。

何故ならば、全てがどうでもいいという気持ちでいるからだ。

先日の事、私はいつもの通り、あれがやだなぁ、これが怖いなぁと沈鬱な気持ちを引きずりながら職場に向かっていた。しかし、職場に入る直前、私はふと「知るか、全部どうでもいいわ」と思った。すると不思議なことに、それまでの鉛のように重く、漆黒の様に暗い気持ちがまるでドライアイスの様に消え去っていったのだ。

私は驚いた。それはもう、それほどまでに晴れ渡った気持ちはここ最近では久しくなかった。なんと心が楽なことか。面倒なお客も、苦手な仕事もどうでも良い。それらが私の人生に及ぼす影響なんて知ったこっちゃない。それを失敗したところで、私の何が否定されるというのか。私にとって重要なのは早く帰って筋トレをして仏教の本を読んで、TOAST MASTERSに行って、妻と一緒に過ごすことなのだ。仕事なんておまけというか、お金の種でしかないのだ。そこに全てを捧げる必要がどこにあるというのか。

もはや一種の諦めである。私はこれを「肯定的どうでもいい」と名付けた。世の中の全てが私にとって関係あるなんてことはない。他人は他人で、私は私。その間には厳然たる壁が存在している。私の存在が他人に大きな影響を与えないのであれば、同じように他人も私に大きな影響を与えないのだ。だがそれを過剰に意識して、反応してしまうから、色々なことが気になって窮屈になる。そんなもんな無駄だ、幻想だ。全部クソ程どうでも良いのだ。大事なのは、自分にとって大事な物を大切にして、その他は捨てる事なのだ。

そう思ってから、私は仕事が嫌で無くなった。というより、自分の中に占める割合が減ったことで、気に病む事が無くなった。当然、それは今の私が責任がそこまで大きくなく、忙しくもなく、良い上司に支えられているからかもしれない。だけれども、基本的なスタンスとしてこの考えはあってしかるべきだと思うのだ。皆仕事を神聖視し過ぎである。大事なのは自分の人生を生きることであり、仕事はその一部でしかないのだ。

今日もまた、私は仕事へ向かう。だが、嫌な気持ちは抱えていない。気にしていない。今日もやることをやって早く帰ろう。何故ならば、仕事なんて、どうでも良いからだ。