緩くいこうぜ、人生長いんだ。

世の中どうでも良いことばかりだよ

旅と無常

今回の一人旅にはテーマがあった。それは、「無常」である。

世間的にはネガティブな意味で捉えられがちな言葉であるが、元々は仏教用語で、その真髄を表した言葉、四宝印の一つ、諸行無常にある。意味は文字通り「常なるは無し」。つまり、「この世に絶対的に固定的な存在はない」、という意味である。私達人間も、この地球も、全て諸行無常なのである。

 

何故これを今回の旅のテーマに設定したかというと、私の日々の仕事の中で生まれた疑問に端を発している。

私はSEという仕事柄、日々スケジュールに縛られて生きている。プロジェクトの期間やフェーズが何よりも大事で、一日でも遅れればドヤされる、そんな日々を送っているのだ。そんな中で、一体スケジュールとは何のためにあるのだろうかと疑問に思った。最初に立てたスケジュールは絶対なのか。途中でそれを変更することは悪なのか。何故スケジュールから遅れることにそんなに目くじらを立てるのか。そんな疑問を抱えていたからこそ、その反発として、今回は敢えてスケジュールを立てない旅にしたのだ。

 

一人旅にしたのも、そのような縛りがないからである。一人でいるということは、誰にも気を遣う必要がないということである。どんなに酷いご飯を食べたって、何をしたって自己責任。逆に言えば、なんでも自分の思う通りである。だったら、その場の流れに身を任せて自由にやってみようと思ったのだ。だからこそ、最初から予定をカッチリ決めたり、ネットで美味しいご飯を調べたりせず、その場の情報を大事にしようと、ユースホステルという未知の領域にチャレンジした。オーナーや宿泊客から得た情報に重きを置いて自由に動いた結果は、今までの記事を読んでいただければ分かる通り、大成功である。

 

予定を立てるのも、先んじて調べるのも、物事を円滑に進めるために確かに大事ではある。だが、それを絶対的に固定的であると考えてしまうと、柔軟性を失い、それに縛られて楽しめなくなってしまう。自分で立てた思想に、自分が縛られて動けなくなってしまうのだ。それはきっと、何事においても本来の目的ではない。

とはいえ、仕事は気ままな旅とは違いお金やらなんやらが絡んでいるから、そこまで簡単に言うことは出来ないのも分かっている。だからこそ、日々私達を縛るスケジュールから逃れるために、たまには気ままで無常な旅をするのが良いのだと思う。 「人生に旅を」とはよく言ったものである。

 

冒頭に、無常は一般的にはネガティブな意味で捉えられていると書いた。しかし私は、なんとなくではあるが、「無常であるからこそ自由」なのだと思う。

常なるものが無いということは、何をしても良いということである。絶対的なルールなんてものは存在しない。それを作っているのは人間で、それに縛られているのも人間である。だが、一度無常を意識すれば、そこには縛るものなど何もない。あるのは自分の意志だけなのだ。

もちろん、制約はある。この世の全ては他者との関係で成り立っているので、それによる制約は必ずある。しかし、それらですら無常な訳で、永遠に続く真理なんてことはないのだ。

 

なんだかよく分からなくなってきた。どうやら私の考えも無常であるらしい。

さて、素晴らしき無常の旅は終わったが、まだ私の夏休みは続く。残りの日々もまた無常に気ままに過ごしていこう。