緩くいこうぜ、人生長いんだ。

世の中どうでも良いことばかりだよ

静動

最近同期と一緒にボルダリングに行っている。なかなか難しい課題にチャレンジしているので、手の皮はボロボロだし、身体も擦り傷だらけである。高校生以来に身体を傷付けている訳だが、出来ない課題をクリアできた時の達成感は素晴らしいものである。

ボルダリング中は、日々の生活ではまず使わない筋肉や動きを使う。その中で私が苦労しているのが、勢いをつけるということである。普通に考えればなんてことはないのだろうが、日々勢いを殺して筋トレをしている人間としては、これがとても難しいのだ。

筋トレでは、筋肉に最大限の負荷をかけるために勢いを殺す。具体的には、動きの前後で必ず身体を止め、筋力のみを使って身体を動かす。勢いをつけてしまっては筋肉への刺激が減り、トレーニング効率が下がるのだ。いわば、静の動きが要なのである。(ただし、勢いをつける筋トレもある。それは目的の違いであり、どちらが良い悪いというものではない。)

それに対してボルダリングでは、届かないホールドを掴むために、勢いをつけなければならない場面が多々存在する。いわば、動の動きが必要なのである。そんな場面でも普段の筋トレのノリでゆっくりやろうとすると、届かない、掴めない、疲れる、クリアできない、という流れになってしまうのである。

同じ運動とはいえ、身体の動かし方、意識するべきポイントは大きく異なる。そんな事を思っていると、私はどうにも勢いをつけるのが苦手であるようだ。日々の生活の中でも、「よし、やるぞ!」みたいにやる気を出すことはまずない。なるべくフラットになるように、日々のルーティンを決め、無理の無いようにコントロールする。仕事でもそうで、「ここが踏ん張りどころ!」みたいなのは大嫌いである。毎日同じような感じで動いていくのが一番やりやすい。

もしかしたら、ボルダリングは向いていないのかもしれない。だが、マイシューズを買ってしまったので、もう少しは頑張らざるを得ない。いや、楽しいから全然構わないのだが。もしかしたら、ボルダリングで動の動きを学ぶことで日々の生活にも変化が生まれるかもしれない。柄にもなく「よっしゃやるぞ!」とか言ってしまうようになるかもしれない。間違いなく、人は色々なことから学べるのだ。そんなことを夢想しながら、今日も壁に立ち向かうのだ。