緩くいこうぜ、人生長いんだ。

世の中どうでも良いことばかりだよ

愚直に

貴重な土日休み、気付いたらこの時間である。土曜日は翻訳のスクールに行き、その後お家でもちもちしていたら終わった。本日も、朝から翻訳の課題をやったりTOAST MASTERSの準備をしているだけで終わってしまいそうである。まぁ、台風が来ているので他にやることもないのだが。

翻訳の勉強が本格化してきて、なかなか苦しんでいる。まだ二回しか授業は受けていないのだが、普段やっている英訳や和訳と勝手が異なるので戸惑い、苦しむ日々である。

「筆者の意味、意図まで汲み取って原文に忠実に訳す」という原則が翻訳にはあるのだが、「表面だけをなんとなく捉えて分かったふりをする」私には真逆のこと過ぎてなかなか上手くいかないものである。

さらに、これまで英語の文法的な勉強なんて全くやってこなかった私が、初めて文法書なんかに手を出して読み出したものだからますます頭はパンクである。

そんな上手くいかない日々を送っていると、どうにもやる気を失ったり、向いていないなんて思いがちであるが、そんな時にふと頭をよぎったのは「勉強の哲学」である。

この本には、勉強とは本質的にどういうことであるかが書いてあるのだが、その中核として「勉強とは世界の移行である」という考え方がある。これまで自分が慣れ親しんできた世界から、新しい世界に移行するわけであるから、その狭間では慣れない言葉遣いや知識に苦しむことがある。しかし、それを過ぎれば新しい世界の景色が見えるようになる、ということである。

まさに今の私がそうで、これまで見てこなかった文法や翻訳という世界に苦しんでいる時期である。そうと分かれば、必要な苦しみであるはずだし、いずれは乗り越えられるものであるはず。故に、今はひたすら愚直に頑張るしかないのだ。

とはいえ、毎週土日が翻訳で終わってしまうのはなかなか辛いものがある。天気が良ければ、外に遊びに行きたいものである。登山なんかも、行きたいなぁ。

 

 

勉強の哲学 来たるべきバカのために

勉強の哲学 来たるべきバカのために