緩くいこうぜ、人生長いんだ。

世の中どうでも良いことばかりだよ

ゲシュタルト崩壊

翻訳の課題を行うに際し、訳抜けや文法間違いが無いように気を付けると、ゲシュタルト崩壊を起こしてくる。

例えば、動詞一つをとっても、それが自動詞か他動詞かによって前置詞が必要かどうかが変わる。さらに、前置詞が必要だったとして、正しい目的語は何かを調べなくてはならない。そんな訳で、日英で単語を調べ、英英でニュアンスを調べ、英日で前置詞を知る、というような事をしなくてはならなくなってくる。これがとても面倒臭い。しかし、やらなければ正しい姿が分からない。そんなことをしていると、今まで自分が正しいと思っていたことが疑わしくなってきて、何が正解か分からなくなってくる。自分が今までいかに適当に英語を使ってきたかということが露呈している。反省である。

 

他にも、現在完了の使い方が分からなくなったり、訳文が原文の意図を忠実に反映しているか、余分な訳を加えていないかなど、色々な所に気を配るから、より一層訳が分からなくなってくる。これも初学者故の苦しみなのだろうか。

ただ、先日久々にカウンセリングに行って、そんな事を話したら、カウンセラーから「でも、楽しそうじゃない?」と言われたように、実は意外と楽しんでいるのかもしれない。自分ではよく分からないが。

ということで、一歩一歩翻訳というものに慣れていきたいと思う今日この頃なのである。