緩くいこうぜ、人生長いんだ。

What matters is how you live your life.

仮置きの人生

最近は、「仮置き」ということを意識している。仮置きとは、対象を絶対化せずに現時点の暫定的なものとすることだ。勉強も仕事も決断もなんでもそう。今ある物事を絶対的なものとみなさずに、常に変化するものとして受け入れるようにしている。

この考え方に至ったのは、端的に言えば仏教を学んだからだ。仏教の基本的な哲学に無常というものがある。これは、万物は流転する、絶対的なものは存在しない、という考えである。そうであるからこそ、物事を柔軟に見ることができたり、絶対的なものへの固執がなくなるというのだ。

私はこの哲学を知り、深く感銘を受けた。というのも、それまでの私はなんでも絶対的なものとして受け止めていて、それに苦しめられていたからだ。例えば、職場の人が少しでも意地悪い態度を取れば、その人は「絶対的に嫌な人」と決めつけていた。それにより、その人の良い面や苦労が見えず、恐怖心やストレスを抱く日々が続いていた。しかし、その印象を仮置きし、「この人は嫌な人かもしれない」とすることで、その人の良い面が見えた時には素直にそれを受け入れることができた。結果、恐怖心がなくなり、ストレスが減った。他にも、勉強の仕方や筋トレの仕方にしても、常にルーチンやメニューを仮置きすることで、どうすればより良くなるかを考え、改善することができた。

このように、私は仮置きと考えることのメリットを確かに感じている。考えてみれば当たり前だが、この世界に絶対なんてものはない。どんなに永続的なものがあるように見えても、人は年を取るし、物は劣化する。考えは陳腐化するし、仕組みは破綻する。全ての物がそもそも仮置きなのに、それを絶対と誤解するから不都合が生じる。全て仮置きなのだ。全ては変わる。あるいは、全ては変えられる。

万物は流転する。あらゆるものは無常である。昔の人が気付いた真実を胸に、柔軟性を持って生きていきたい。