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【読書記録】私の個人主義 / 夏目漱石

「私は好きにした。君らも好きにしろ」とは、映画『シン・ゴジラ』の中でゴジラの生みの親である牧・元教授が残した言葉である。映画の中では、謎めいた言葉として登場人物を翻弄するが、なかなか示唆に富む言葉である。さて、今から100年前、現実世界で同じことを述べた人がいる。夏目漱石である。

漱石は、言わずと知れた日本の文豪。一般には作家として有名であるが、実は長らく教育者として、小学校から大学まで英語を教えていた経験がある。そんな彼は、今からおよそ100年前に学習院で行った講演の中で、ちょうど上述のようなことを述べている。その講演の内容を納めたのが、「私の個人主義」である。

講演の内容としては、表題にもある通り個人主義についての漱石の持論が展開されている。ここでいう個人主義とは、要約すると「人間には誰しも、自由に行動する権利があるが、それに伴う義務は果たさなくてはならない。また、他人のその自由を侵してはならない」ということである。まさに、「私は好きにした。君らも好きにしろ」という精神である。論自体は英国の哲学者・ミルの「自由論」と内容が似ている。しかしながら、重要なのはそれが日本人によって書かれ、それが現代にも通用する内容だということである。

講演の中で漱石は、新聞に掲載したある作家に関する批評について述べている。漱石がある作家についての批評を新聞に掲載したところ、その作家を擁する団体から苦情が来たということである。それに対し彼は以下のように述べている。

 私は直接談判はしませんでしたけれども、その話を間接的に聞いた時、変な心持がしました。というのは、私の方は個人主義で遣っているのに反して、向こうは党派主義で活動しているらしいく思われたからです。

 これはまさに現代に当てはまることではないだろうか。SNSなどのネットの声が大きくなり、個人が自由に発信できるようになった。その結果、個人の自由は増えたが、それに対して文句や苦情を言う集団も形成されやすくなった。その結果、圧倒的な声の大きさにやられ、炎上ということになる。本来、SNSなどは個人でやるものであって、発言内容は法や社会通念に反さない限りは自由であるはずである。だが、その原則が理解されていないのではないだろうか。100年も前に漱石が見抜いたことを、現代の私たちが実践できていないということは、私たちは漱石の時代から何も進歩していないか、それが人間の本質であるのかもしれない。

「私の個人主義」には、その他彼の講演が5本収録されている。そのいずれもが示唆に富んでおり、現代にも通用する内容である。また、漱石の語り口も軽妙で、まるで自分が彼の講演をリアルタイムで聞いているような錯覚に陥る。講演の最後を、漱石はこう締めくくる。

で私のいう所に、もし曖昧の点があるなら、好い加減に極めないで、私の宅までお出で下さい。出来るだけはいつでも説明する積でありますから

漱石の自宅は早稲田の奥にあった。漱石に会えるならば、多少足を伸ばしても、是非伺いたいものである。

 

私の個人主義 (講談社学術文庫)

私の個人主義 (講談社学術文庫)