緩くいこうぜ、人生長いんだ。

What matters is how you live your life.

自分を嫌うということ

自分を嫌うことは、世界における絶対かつ唯一の居場所を自ら否定するということである。

世界は、私のためにできてはいない。他者は皆それぞれの人生を歩んでおり、相互に完全に理解することは不可能だし、誰かのことをずっと気にかけていられるほど悠長なことを言ってはいられない。どんなに信じていた人でもい裏切るし、いなくなってしまう。一方、自分だけは、この世界で唯一自分のことを100%考え、支えることのできる存在である。この世界に存在する、唯一のオアシス。そんな存在を自ら嫌うということは、世界おける自らの居場所を奪うことと同義である。

全てが一瞬にしてなくなる訳ではない。徐々に徐々に、まるで消失していくように、時間をかけてなくなっていく。そして、居場所が完全になくなった時、人は自らの存在を規定することができなくなり、存在意義を失ってしまう。物質的には満たされていても、心の中にはどこか空虚さを抱えて生きることになる。それは、生きながらにして死んでいることと同義かもしれない。あるいは、死にながら生きているのかもしれない。

他者に自らの存在を委ねることはできない。他者から与えられた存在意義は、使い勝手が良く、お手軽である。しかし、だからこそ、なくなりやすくもある。他者が裏切れば、いなくなれば、簡単に消え失せてしまう。そんな不確かなものに預けるには、自らの存在は大きすぎる。もちろん、他者との関係によってその強さは異なる。友人や知り合いは非常に弱く、すぐに壊れてしまうであろう。家族や恋人であれば、強くてそう簡単には壊れないかもしれない。しかし、いずれにせよやはり最後は自分自身こそが自らの存在を支えなければならないのだ。

だが、自分で自分を支えるのは難しい。辛いことも悲しいことも、他人のせいにせず、自ら引き受け、前に進まなければならない。色々なものを後ろに引きずって、重い足取りでも前に進むしかない。それはきっと辛い道のりだろう。その先に何が待っているわけでもないかもしれない。それでも歩みを止めるわけにはいかないのだ。そんな自分を嫌いと言えるだろうか。そうやって頑張る自分を否定することができるだろうか。そんなことをしたら、自分があまりにもかわいそうではないか。