緩くいこうぜ、人生長いんだ。

What matters is how you live your life.

罪と罰

昨日、国民的アイドルグループTOKIOが、記者会見を行った。メンバーである山口達也さん(ぐっさん)の事件に関する会見ということで、多くの動画がYoutubeなどにアップされている。私は、熱心なTOKIOファンという訳ではないのだが、「鉄腕ダッシュ」は毎週妻と楽しみにしているし、バンドとしてもTOKIOの楽曲がとても好きだ。なので、今回の事件は非常にショックで、メンバーが涙ながらに謝罪する姿を見るのは非常に辛いものがあった。なので、会見の動画は観ていない。代わりに、会見内容の全文を読んだ。

今回の件に関して、色々な意見があることと思う。正しい選択なんて誰にもわからないし、正解なんてものは選んだ本人がその道を正解にするしかないのだから、外野がどう言っても仕方がないことであるが、私は私なりに思うことを書いてみようかと思う。ただ、私が思うこと。それ以上でも、それ以下でもない。

会見での記者とTOKIOのメンバーのやり取りを読んで、TOKIOは今後もTOKIOとして継続していくべきと思った。そしてぐっさんは、自らと被害者に関わる全てに、きちんと区切りをつけなければならない。一言でいえば、彼らは今回の件から逃げてはいけないのだ。

誰かを傷つけたり何かを壊したり、何かしらの罪を犯した時、一番楽な方法はその罪から逃げることだ。自分が犯した罪から目を背け、置き去りにし、一人のその場を立ち去る。残された人は、その罪をどうにか取り消そう、元に戻そうと苦心する。でも、その罪を起こした本人はすでにその渦中に存在しない。それはあまりにも無責任だ。

罪を犯したならば、罰を受けなければならない。罰とは、刑務所に入ることだったり、罰金を払うことだったりするが、根源的なものは、その罪と真正面に向き合い、背負い、生き続けることだ。それは、とても辛い旅だ。周囲から罵倒されるかもしれない。誹りを受けるかもしれない。あの日に戻りたいと嘆くかもしれない。どれだけ悔やんでも過去は消えないし、一度壊れたものは簡単には元に戻らない。それでも、自分が犯した罪を引きずって、一生抱えて生き続けるその重さこそが、罪に対する罰なのだ。

だから、TOKIOというグループは解散してはいけないし、ぐっさんも脱退という手段を選択してはいけない。グループとしての連帯責任ならば、最後までその十字架を全員で背負い続けて、今後も活動を続けるべきだ。もちろん、ジャニーズ事務所の方針や、色々な筋というものがあると思う。どのような結果になるかは誰にもわからないが、TOKIOは今後もTOKIOとして活動を続け、ぐっさんはTOKIOというグループを背負って、自らと被害者に向き合い、この件にきちんと区切りをつけなくてはならない。

それが、私の思う、彼らにとっての罪と罰だ。