緩くいこうぜ、人生長いんだ。

What matters is how you live your life.

楽しんでやろう

昨日のパーソナルトレーナーとの一件を通じて、自身のトレーニングとの付き合い方を考えてみた。

 
最悪の出来事 - 緩くいこうぜ、人生長いんだ。

 

この件があった日、私は一日中モヤモヤして気持ちを抱えていた。上述の記事に書いたようなことがあったのだから、モヤモヤするのは当然として、それ以上に何か、自分を否定されたような気がしたのだ。

なぜそんな気がしたのかと考えてみると、トレーナーの言葉から「お前のトレーニングはダメだ」と言われたように感じたからだ。トレーナーは、記事にも書いた通り厳しい人らしく、大会を目指したり、本気で身体を鍛えようとする人しか相手にしていないらしい。そんな人からすると、私のように自重で自己流でやっているトレーニングなんてのは、「トレーニング」の範疇に入らないのだと思う。明確に言われたわけではないけれども、言葉の端々から、そんなことを言われたような気がした。

でも、仮に「トレーニング」が、「大会に出るなどの明確な目的を持って覚悟を持って行うもの」という定義だとしたら、私はそんな「トレーニング」したくない。そんな「トレーニング」は、きっと楽しくない。ストレスの発散にならない。笑顔になれない。

なぜ私はトレーニングをするのか。一番最初まで遡れば中学二年生の夏休み。当時典型的な肥満児だった私は、当時所属していた部活のコーチに教えられた筋トレをやってみた。太っていた私は、当然全然できなかったのだが、なぜだかとても楽しかった。そこから家でもやるようになって、痩せて、高校では運動部にも入ってますますトレーニングをした。大学時代と社会人のはじめ頃はサボっていたけれども、最近になって太ってきたので再開した。そこからは、ブログに書いている通りである。筋トレをすると気分が良くなる。ストレス発散になる。自分の身体が目に見えて変わっていくのが楽しい。最近はストリートワークアウトなんてかっこいいものも見つけて、自分も何か技ができるようになりたいと思うようになった。まだ全然できないけど、少しずつ上達している気がするのが楽しい。

つまり、私にとってトレーニングとはどこまでも楽しいものなのだ。下手だし、弱いし、まだ太ってて全然できないけど、テンションが上がって、嫌なことを忘れて、笑顔になれるもの、それがトレーニングなのだ。そこには上手いとか下手とか、目的があるとかないとか、人より優れているかいないかとかなくて、どこまでも個人として楽しむものなの。だから、そんな個人的なものを無意識でも否定されたと感じて、私はモヤモヤしていたのだと思う。

今回の件で改めて思った。私は自分が思うようにトレーニングしよう。どこかで限界がくるかもしれない。その時はトレーナーにお願いするかもしれない。でも、一人でやろうと誰かとやろうと、私にとってトレーニングは、私が楽しむものなのだ。

ちょうど良いタイミングで、私の好きな超新塾というお笑いグループのメンバーであり、ベストボディジャパンにも出場したコアラ小嵐さんが最高のツイートをしている。

 

そうだ、楽しんでやろう!